浮遊

海に浮かび雪に遊び岩にはりつく、ものづくり人間のまいにち

開拓魂を垣間見る  

北海道探検記
ばあちゃんの付き添いをしている時間に偶然見つけた本。

本多勝一「北海道探検記」。

本多勝一氏の文章は私がたしか中学生?のころ、
国語の教科書にエスキモーと生活した記録が載っていたのを覚えている。

北海道には最近冬にニセコに行くようになり、
そして身近な人が北海道出身ということで目が向くようになった。
だけどそれは北海道のごく一部であり、
広大な土地をすべて見ているわけではなく。

そんな気持ちで手に取った本だったけど、とても興味深かった。

朝日新聞の記者だった筆者が札幌駐在のころまわった各地の開拓者の生活が主で
私が生まれる前の話だったりする。
自動車道路が整備される前の極寒の地、最果ての地。
自然に寄り添い、そこに暮らす人々。そんな人々の話を聞き、一緒に寝泊まりする筆者。

今では端から端まで車で行くことができ、ところどころに残った自然に観光バスが押し寄せる。
こうやって人間は全国どこも似たような観光名所に仕立て上げるのだろう。

北海道の開拓の歴史や苦労した人々のことなんて知らなかった。
私は今の発展した状況が便利だしありがたく思えるし、スキーも楽しめる。
でも苦労した人がいたこと、追いやってしまった人々の犠牲の上にそれらが成り立っていることを忘れてはいけないのだと思う。

category: お気に入り

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起きれず  

今日はサイズが上がりそうだと思ってアミノ酸用意して早く寝たのに
連日の海で疲れてたのか起きれなかった…

画像波情報を見ると結構ハードな速い波。
セット食らうとこりゃきつそうだ、と言い聞かせて自分を納得させる。

ここ最近朝早くて睡眠が少なく疲れがたまってじんましんが出たのもあるから
今日は休みだし、ばあちゃんの受診付添いだけしてあとはゆっくりしようかな。

それにしても薬も飲んでるのにじんましんがぜんぜんひかない。
耳まで真っ赤になってかゆくてどうしようもない。

category: 波乗り

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じんましん  

じんましんが出た。

最初は二の腕の裏側、それから両腕に広がり
おなか、耳、太ももにブツブツと…

原因はストレス、寝不足、疲れ?
皮膚科で塗り薬と飲み薬をもらってきた。

暑い季節は汗が出やすい首や肘の内側にアトピーが出ることはあったけど
じんましんが出るなんて。

まぁ、だいたい理由はわかってる。
ばあちゃんの付き添いで病院に泊まったあたりからストレスを多く感じていた。
外に遊びに行きたくても行けず、根気よくばあちゃんにつき合わなくちゃいけないし。

意外と?ストレスに弱い体なんだな…はぁ

それでも海に行くと精神的に救われる感じがする。
だから明日も朝早く海に行く。

category: 日々のこと

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愛車  

昨日よくいくガソリンスタンドでカードの手続きをした時のこと。

歩道とGSの敷地の間にあるポールに後ろのドアとバンパーを思いっきりぶつけた。
手続きのため歩道側に寄せて下さいと言われ停めたんだけど
帰ろうと思って切り返しのためバックしてたら、ガッツンと。
ドアは一応閉まるけど折り目が付いたようになってしまった。

この愛車のジムニーは私がはじめて自分の車として手に入れたもの。
中古だったけど角ばっているところと雪山での走破性がすばらしく気に入っていた。
板バネで乗り心地は悪いけど、慣れてしまうとかえってそれがいい。
走行距離は13万5000弱。まだ走りそう。
けど一回フレーム修正してるし完全な事故車。いい値段では売れないだろう。
スタッドレスも買い替え時だしドアは建付け悪いしでガタがきていたのは確か。
だから、思い切って買い替えることにした。

そうなると今までの子が急に可愛くおもえてしまって、複雑な気持ち。
思えばいろんなところへ行った。
千葉や伊豆に波乗りへ、長野と新潟をいくら走り回ったか。

新しい子が来る前に、今のジムニーとどこへ行こうか。
後ろがへこんでいるけど、そのままでもいいや。

次もジムニーにする予定。

category: 日々のこと

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7月23日  

今日ばあちゃんが退院した。
昨日の検査の結果も良くて、帰りたがって仕方ないことから早くなったのだ。

帰ってきたはいいものの、トイレや着替えはおぼつかなく
次にどうすればいいのか尋ねてばかり。

うちに帰ってきたことをきちんと理解するまでには少し時間がかかるのかなぁ。。
うちでもずっとだれかついてなきゃいけないってのは無理だよ。

はやく介護サービス受け始めないと。

category: ばあちゃんとの日々

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潜在的な気持ち  

今日ばあちゃんの様子を見て何となく読み取れたことがある。
私に対する態度と母や叔母に対する態度は明らかに違うのだ。

母が泊まりの時はおとなしく言うことを聞きちゃんと寝るそうだ。
叔母といる時も仕方なしにでも言いつけを守る。

でも私と二人のときのばあちゃんはわがままな子供そのものなのだ。
しきりにベッドから下りて家に帰りたがるばあちゃんをたしなめると
「なんでいうこときかないんだ」
「おまえはいい子だと思ってた」
っていってつねったりこぶしを振り上げたりする。

母や父が言うには
一番身近な私に甘えていて、
不自由な入院生活のうっぷんを一気に晴らす対象となっているのではないか、と。
気を許していることなのかもしれないけど、それにしたって辛い。

category: ばあちゃんとの日々

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7月20日~21日  

土曜に泊まった母の話では、
ばあちゃんは11時くらいにちょっと騒いだだけであとはぐっすり眠ったとか。
よく眠ると次の日はやはり比較的意識もはっきりしているよう。

日曜日の晩は私が付き添いで泊まることにした。

夜8時、面会に来ていた姉と母方の叔母夫婦が帰る。
親戚やちょっと見慣れない人がくるとちゃんとしようとする気持ちが働くためか
話もしっかりできるし分別もちゃんとついている。

問題はこれから。

夜21時。消灯。
いままではベッドの角度の注文で多少うるさかったけどうとうとしていた。
22時。急に「やかんに湯をわかすんだよ」とか「まだ湯が沸かないのか」とか
「鍋はどこだ」「シャツを赤く染めるんだからここへ持ってこい」
「染めるんだ、なんで聞かないんだ」「シャツをどこへ持って行った」
とギャアギャア騒ぎ出す。何を言っても通じない。
私から気に入らない言葉があるとさらに髪を振り乱して半狂乱。

4人部屋のため、私は同室の患者さんが気になって仕方ない。
さぞ迷惑なことだろう。

ちょっと落ち着いたと思ったら「背中をさすってくれ」とか
「苦しくてしょうがない」とか言って酸素のチューブを外してしまう。

23時過ぎ、寝入ったかと思って私がウトウトし始めると、私の名前を急に呼び
「ご飯は炊かなくて平気か」「その辺にキュウリがなかったか」「塩もみはつくったか」
ひっきりなしに話し始める。
しまいには「今真っ暗だから、ご飯は朝になってからにしよう」って言っても
「キュウリの漬物を出してくれ、もういい加減漬いただろう」
「食わせてくれって言ってんだ」

私の頭のほうが変になる。

0時頃、いびきをかきはじめたかと思えば、カッと目を見開き
隣のベッドのおばあちゃんの寝言に、「だれだ」「なんだって」と大声でどなる。

私は生れてはじめて、この人の狂ったぎらついた瞳に心底ゾッとした。
そのまぶたはずっとずっと、閉じてしまえと願った。

その後も30分ごとに起こされ、そのたびに背中をさすったりベッドを上下させたり。
朝が早くこないかと待ちわびた。

明け方、4時過ぎからはもう明るいから叔母を呼べって。
時間を伝えても
「うそだ」「そんなバカなことがあるか」

結局、朝看護師さんが来ておむつの交換中やっと自分の顔を洗い用を足すことができた。
叔母からの電話がどんなにうれしかったことか。

海の日である今日は私にはいつもどおり仕事なので
一睡もできず今に至っている。

先生の話では水曜以降、今週中に退院させてあげたいんですけどね…っていう。
こんなのが続くなんて無理。絶対。

category: ばあちゃんとの日々

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7月19日  

前の日の様子から、ちょっと安心していた私たち家族。
今日は面会に慌てて行かなくてもいいかな、なんて思ってた。

けれど仕事の後いったん家に帰り一息ついていた時。
父親の携帯に病院から電話が。

ふたたび家族がいなくて騒いでどうしようもないらしい。
やっぱりだめなのか。。。

父は夕方町内会の役員の関係で行けないし母は夕飯の支度なので
私がとりあえず行くことに。

病室についてばあちゃんに声掛けるなり、怒鳴りつけられる。
「はやくひとりずつ呼んで来い」「靴をそこに出せ」「体を起こしてくれ」
って甲高い声で叫びまくる。
しまいには私に「馬鹿」とか「このやろう」とかののしる始末。
面会に来ている他の患者さんの家族に向かって
「だれだ」とか「頼むから起こしてくれ」とか大声で訴えるからどうしようもない。

昨日の状態だと落ち着いてみえたんだけど、今日は全然ダメ。
今すぐにでも帰るって聞かない。

こんな様子だと、入院したこと自体を考えてしまう。

先生から「夜もどなたかついていてください」と言われた。
誰かしら付き添ってないと落ち着かないなんて、負担が大きすぎる。

仕方なく今晩は母が泊まった。

category: ばあちゃんとの日々

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激混み湘南  

混雑を承知で3連休の湘南の海へ行ってきた。
少しでも人のいない時間に、と朝4時半起き。

それでも5時半にはすでにたくさんの人、ひと、ヒト。
波も久しぶりに上がったからっていうのもあるけどとにかく多い。

波のほうは潮が多いから割れづらく、
ミドルからピークワイドでテイクオフ直後に掘れる波。
厚速くて若干難しい。セットは切れ目が少なく小さめのほうが乗れる。

私は5時半から8時の2時間半。砂浜も熱くなっちゃうし早く上がった。
この時期はやっぱり女の子増えるなぁ。たくさん見かけた。

category: 波乗り

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7月18日  

今日も仕事の後病院へ。

病室には連絡を受けて駆け付けた弟夫婦が来ていた。

ばあちゃんの様子は… 

あら、目つきがはっきりしてる。
言葉は聞き取りにくいもののちゃんと話もできる。

前の日の尋常でない様子は薬のせいだったみたい。
なんだか肩の力が抜け、自然と頬も緩む。
今まで薬らしい薬は処方されてなかったし飲んでなかったばあちゃんだから
きっと安定剤も必要以上に効いてしまったのかもしれない。

ちょうどご飯どきで、出された食事もなんとか食べてる。
手つきはおぼつかないから手伝う必要はちょっとあるけど。
あとからひきつった顔で駆け付けた叔母も拍子抜け。
みんなで「よかった~~」って言いっぱなし。


体のほうは、息苦しさの解消のためか酸素の吸入と、
尿の量を図るのにバルーンを入れて採尿している。
気になるようだ。
心電図も常にとっている。


聞きわけもよくなり、みんなが帰るって言ったら仕方なしに手を振る。
環境に少し慣れたのかもしれない。
でも看護師さんが言うには昼はメソメソ泣いていたそうだ。
帰りたい気持ちに変わりはないんだ。

何はともあれ、家族そろって「もうだめか」と覚悟していたのが
復活劇を遂げて嬉しい誤算の気分。

けれど病院のベッドの上で寝ているだけでは足の筋力がますます落ちちゃう。
病院ではおむつ替えてくれたり毎食の面倒をみてくれるからいいけど、
うちに帰ってきたら大変だ。

category: ばあちゃんとの日々

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7月17日  

いつもの仕事。野菜の収穫と袋詰め。
急き立てるばあちゃんのいない朝。静かだった。
セミがもうこんなに鳴いていたんだ。

午後6時前。
仕事を終え病院に向かう。
ばあちゃんの病室に入ると叔母がいた。
様子が変。話を聞くと、昼間に家族を呼べとさんざん騒いだらしい。
あまりにうるさいので病院側で精神の安定する薬を服用させたとか。朦朧としていた。
夜中も眠れずわめいていたようだ。
やっぱりそうか、と思った。
昨日帰るときの様子からしてばあちゃんはおとなしく寝ていられると思えなかった。

ベッドの足もとにはセンサー付きマット、
襟元には体を起こすとくさびが抜けて知らせてくれる小さな機械。
こんなんじゃ厄介な患者の代表だ。

今日は叔母に父、姉が面会にきて総勢4人。
だけどだれが来てるか把握しているのかはあやしい。
意識には波があって、目を開けて何か訴えている時(とてもうるさい)と
口をあけてぐうぐう寝ている時で全然違う。

ちょっとはっきりしてきたかと思えば、
「はやくはやくはやくー つれてってくれー」「はやくのせてってくれー」
ってしきりに帰りたがる。ものすごく病院がいやなのだ。
聞きとれない言葉のなかで、私の名前を呼ぶのだけははっきり聞こえる。
つらくなる。

叔母が根気よく話しかけ、病院に泊まることを言い聞かせる。
今日もまた、すがるような眼をしたばあちゃんを置いて病室を出た。


category: ばあちゃんとの日々

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7月16日  

母がばあちゃんを近くの総合病院へ連れて行った。
都合で母が11時までしか病院に付き添っていられないとのことで
休みだったわたしが代わりに付き添うことになった。

心電図、採血、レントゲン。
検査検査で車いすに乗ったばあちゃんはぐったりしていた。
以上の検査の結果を見て若い女医さんは
「何となく肝機能が落ちているようです。黄疸ぎみ。」
「おなかに水もたまっているかもしれません」
そして「入院しましょう」

一応のつもりで見てもらいに来たのに、入院と聞いて内心びっくりした。

そういえば3日まえからおなかが痛いと言っていた。
けどいつものワガママかとも思っていた。そんな自分を反省した。

病室のベッドの上で「手術するのかなぁ」と泣きそうなばあちゃん。
そんなばあちゃんを残して「帰って下着取ってくるね」、といい私は病院をいったん出た。

マツキヨでリハビリパンツとポリデントを買い病室に戻ると、
泣きそうな声で騒ぐばあちゃんの声がした。
どうやらしばらく寝てしまい起きたら私がいなくて心細くなったらしい。
その上点滴をいつの間にか自分で抜いてしまいシーツやパジャマが血だらけになっていた。
私が慌てて声をかけると、「どこいっちまったんだ」と情けない声を出す。
深く溜息が出た。でもここは優しく声をかける。

面会時間はひたすら何回も「今晩は病院に泊まるんだよ」と説得、
一緒に泊まってくれと頼むのをなんとかごまかしたりポータブルトイレに用を済ますのを手伝ったり。
8時10分前、面会時間の終りを知らせる放送が流れる。
じゃあ帰るね、と私が覚悟をきめてそう言うと
ばあちゃんは諦めたように「きをつけて」と言った。
カーテンを閉め、病室を後にしたとたん、涙がボロボロこぼれた。
車を走らせる間も止まらなかった。

category: ばあちゃんとの日々

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7月15日  

朝6時。
母屋で父親のどなる声が聞こえる。
私は二世帯の別棟の二階で寝ていたのだがそこまで聞こえるほどの声。
後で聞いてみると、雨戸が開かなくて「あけてくれ」と騒いでいたらしい。

うちはばあちゃんが暮らす母屋と、私と自分の親が暮らす二階建ての家がある。
じいちゃんが亡くなってからばあちゃんは母屋で一人暮らすようになった。
だから朝ごはん、お風呂、戸の開け閉め、洗たく掃除なんかは自分でできていた。
でもここ半年は様子を見に行かないと不安な状態。夜は私の父親が寝に行く。

今日は燃えるゴミの日で、両親が仕事に出た後ばあちゃんのリハビリパンツを出したり
洗濯物を干してあげたり、無人販売所に野菜を並べたりで私はすっかり汗をかいた。
そのためシャワーを浴びていた。そしたら私の名前を呼ぶ声。
「なに?」って言っても「早く来てくれーーー」と叫ぶばかり。
さっきも用がないのに呼びつけて、「顔なんて洗わなくていい」とか、
「洗たくなんて後でいい」とか、自分中心な言動に私はいらついていた。
行くと結局なんでもなく、ただ自分の周りに人がいないとイヤなのだ。
「要件はなんなの?!」ってきいても話をウヤムヤにしてしまうばかり。

わかってる。心細いあらわれなのだということ。
いままで大家族で身の回りには必ず家族がいたばあちゃん。
夕飯のとき私と二人だとさみしくて必ず父に電話して呼べと言う。

10時半だというのに「もうお昼だ」「昼飯はどうすんだ」と。
時計が読めなくなったのはいつからだろう。
メガネをしているのに「メガネがない」と騒ぐ。
サンダルで家に上がったはずなのに農作業用の長靴を履こうとして履けず私を呼ぶ。

夕方は2週間にいっぺんの鍼灸院に行くはずだったのにばあちゃんは行かなかった。
夕飯はハーゲンダッツのアイスクリームを少し。全然食べなかった。

明日母が近所の病院に連れて行く。
急に状態が悪くなりすぎている感じがするから、と。

category: ばあちゃんとの日々

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認知症のばあちゃんとの日々  

ばあちゃんは87歳。

ここ1年でずいぶん出来ていたことが出来なくなった。
最近は認知症がここ1ヶ月ほどで急に進んできて、会話がきちんと成り立たない。

親が「長くないかもねぇ」ってボソッと言ったのを聞き、
あぁ、みんな同じことを感じていたんだなと思った。

ずっとばあちゃんと接してると家族だからこそ「なぜ?」という思いが強く、
辛く当たったりイライラしてしまったりする。

こうやって文章にして一回客観的に見ることができれば少しは心が落ち着くし
「仕方ない」って思えるかもしれない。

何より日々を無駄にしないようにするため、
これからばあちゃんとの生活をありのまま日記に記録していこうと思う。

category: ばあちゃんとの日々

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自分の悪いところ  

人からはよく「しっかりしてそう」とか「大人っぽい(老けてる?)」とか言われる私。

でも実際はそんなことぜんぜんないのだ。
おっちょこちょいだしあわてんぼうだし考えずに行動したり。
親しくしてる人からは「子供みたい」って言われるほど。

たんに人見知りで、思ったことを口に出せない性格なのだ。

そのくせ負けず嫌いで変に自分と他人を比べる。
自分の理想と現実がそぐわっていないとものすごい嫌悪感に襲われる。
最近はその嫌悪感を感じないようにするため、現実を見ないようにしたり逃げたりしてる。
でも心の奥では常にチクチクしたものが刺さっている。
夢に出てくることもある。

誰しも欠点は持っているしうまくそれとつきあっている人もたくさんいる。
欠点に対してうまく自分自身でコントロールすることができる人はきっと周りにうまく溶け込めるし仕事やプライベートでも周囲と良い関係を築けるのだと思う。

コントロールするってどういうことだろう。どうすればいいのだろう。
私はできてないと思うのだ。
数式のようにこうすればこうなる、とかこのためにはこうする、とか
そう考える頭に自分のは出来てないような気がする。 

「自分でない誰かに解決方法を求めたって、自分の問題は解けない。」
ってずっと思っていた。
でも誰かのアドバイスで、楽になったり悔しくてなんとか見返してやろうと頑張ったり、
ってことはあるかもしれない。

図星をさされて悔しい思いをしたけど、そのとおりなんだもん。
そんな時は私の中で素直になろうという気持ちと言い返したい気持ちがぶつかる。
でもそこは聞く気持ちがなければ自分のためにならない。

悪いところは素直に認めて、それに対してきちんと向き合おうと強くおもう。

category: 日々のこと

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ついに  

小川山、クジラ岩の穴社員3級が登れた。

********

天気予報では午後があやしくなってきているので、
日曜日の午前にまず打ち込むことにした。

朝9時、いつもはにぎわっているクジラ岩はだーれもいなかった。
スパイヤー6級でアップのちいよいよ。
こないだは疲れて上のカチをマッチできていても足を上げることができなかったので
なるべく数撃たないうちに登りたかった。
5回くらいやって、カチまで行ったのは3回。
ポッケに置いた右足がパツパツで、
カチに出した右手を欲張ってかかりの良い右に歩かせると足が外れた。

以上から、

中継ポッケからカチに飛ばす時の集中力、
そこからは足が外れないようにしっかり乗って右手をずらせるかどうか、
さらには両手マッチするときとした後にしっかり慌てずに足を置けるか、

にかかってると考えた。

クロスのかかりの良いポッケに左足を突っ込むところからは行ったことがないので
イメージのみに頼るしかない。でも悪いイメージはなかった。

駐車場のトイレに行ったりしていったん大休止。
相方の登りをビデオ回したりしてのんびりした。

リラックスしたところで再開。

一手目ポッケ、よし。
寄せてピンチ、よし。
右足あげて細いポッケ、とれた。持ち方よし。
足を張って、クロス。ふぅ、大丈夫。
足をしっかりポッケに入れ、中継の穴。俵持ち、よし。
次問題のカチ。集中… 
よし。とれた。足には乗れてる。右に余裕をもってずらせる。
左足、膝の位置にあるポッケに、置けた。マッチ。だいぶ安定。
これから先は未体験。
右足を慎重にスメアして、左足をクロスしたポッケに突っ込む。この足はいい。
左足に乗り、カンテを取りに行く。もっと悪いかと思ってたけどしっかり持てる。
ここで、「あ、これもう行けるな」って感じた。
カンテとって立ち上がり、右手は手に足。
絶対に落ちれないという思いと緊張から足がカタカタミシン踏んでいた。
カチにしっかり足を置いたのを確認して、右手をリップに。
かっこ悪くヨジヨジと這い上がり、
…クジラ岩の上に立つ。

下にいたクライマーさんたちが拍手、または声をかけてくれる。
なんてうれしんだろ。

降りて一息ついたらおなかがすいてきた。
なんだか肩の重荷が下りてスッキリした。

それからはプーシェに行って「穴プーシェ」7級とプーシェ3級をやる。
そしたらパラパラパラって音。来た。雨だ。雷も鳴り始めた。
悪あがきもちょっとしたけどこれじゃ仕方ないからと、撤退する。
ナナーズの先のお風呂に入って帰路へ。

家で黒本の穴社員の文字を、蛍光ペンでなぞる。やっとだ。

黒本開いたままいつのまにか寝てた。

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平日の小川山  

お休みの水曜日にサクッと日帰りボルダリング。

今日は久しぶりに「林の中のボルダー」エリアに行くことにした。
行ったことないウイスキーボトル岩へ。

アップにちょうど良い隣のウイスキーキャップ岩で10,9,7級をやる。
7級面白かった。
そしてボトルのほうのチムニー10級、カンテ6級。この6級もなかなか。
マントル8級に弱点をグイグイ登る6級もやっつける。
私には体をほぐすのに十分すぎるくらい。でも同行者さんは物足りなそう。
クラック5級もやりたかったけど苔っぽく高さもあり止めておいた。

そんで、クジラ岩。
ちょっと穴社員を触る程度にしようと思ってたのに、
触り始めたら燃えてきてしまった。
足をどれ使ってたか思い出しながらだったから調子がイマイチ。
そういや11月以来かぁ。。。
結局足を思い出してクロスが自動化されてきたのは夕方近く。
そこからだいぶ頑張ってカチをマッチするところまで進んだ。
でもずっとおんなじの登ってると疲れてダメ。
結局そこまで。

そもそも今日穴社員落としにかかろうって思って来てないし、とかなんとか
理由づけをして退散。キャンプ場ボルダーでクールダウン。
10,9,8級を計4つ、5級をひとつ。

次は忘れないうちにクジラ岩行って穴社員をアサイチにやってなんとか登りたい、なぁ。

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アール・ブリュット/交差する魂  

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汐留の松下本社ビルの中にある、松下汐留ミュージアムに行ってきた。
目的は「アール・ブリュット/交差する魂」
以前日記に書いた、ヘンリー・ダーガーもこのアール・ブリュット(アウトサイダー・アート)に属する。

この展示は、アール・ブリュット・コレクション(スイスローザンヌ市)と
ボーダレス・アートミュージアムNO-MA(滋賀県近江八幡市)との連携でのもの。
スイスにある西の魂と東の日本の魂の交差。
受け手が不在で、評価されることを目的とせず、
ただただ純粋に表現したい欲求により手を動かす作家たちの作品群。

ごりごりと音が聞こえてきそうなくらいの筆圧で書かれた女性。
ぎゅうぎゅうに詰め込むように書かれたおびただしい数の電車の正面図。
自分の王国にするため土地を開墾し、運河を引き、
そこに何年もかけてたくさんのオブジェ、人間像を設置した作家の映像。
無数のトゲの生えたどこかユーモラスな陶のオブジェ。


どれも作品から表現したいという欲求がこぼれてしまいそうなほど。
見ている人のことなど考えずに制作されているのに
こんなにも私の心を打つのは、そのひたむきな情熱。

私は現代美術にありがちな小難しい理論は好きではない。
難解な表現や解る人に解ればいいというような作品もしかり。
だからこそ余計そう感じるのかもしれない。

入場料500円と行きやすく、図録もきれいだったので購入した。
もう一回行ってもいいな。

category: 展示・展覧会・映画

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